69年前の春も広島の桜は花を咲かせました。その年の夏、一瞬の閃光に季節を奪われるとは思いもしないで・・・。

1945年8月6日午前8時15分。
人も、草木も、色をなくしたまちで、ひっそりと小さな緑の芽をつけた木々がありました。春になって花が咲くまでには、ほとんど気づかれなかった桜たちです。

安田学園の校門を行き交う生徒たちを見守るように、
枝を広げるソメイヨシノもその一本でした。

いくつもの季節を生きぬいて、被爆から60年以上経ったある日。この老木が被爆桜であることに、一人の女子生徒が心をとめました。

「いのちって、すごい。生きていれば、こんなにきれいな花が咲く」。

けれど、ソメイヨシノの寿命は
60年から80年といわれています。

それを知った生徒たちは、被爆桜が灯してくれた希望の光をつなごうと、
苗木をつくって全国に送り届ける活動をはじめました。

桜はただ咲きつづけることで、彼女たちを振り向かせたのです。

今年、それぞれの場所で満開の花びらを空に舞いあげた被爆桜たち。来年もどうか会えますように。みんなに春が来ますように。

Green Greetings

「緑」の伝言。色のないまちを、希望で染めた桜です。

※広島市では、爆心地から概ね2km以内で被爆した約170本の木々を「被爆樹木」として登録しています。
この木々を守り伝える「緑の伝言プロジェクト」は、おかげさまで10年目を迎えました。